11:30。母から破水が会ったとのメールあり。午後休取得の申請を行う。
12:05
電車に飛び乗る。
13:00頃
病院に到着。部屋には母が居た。嫁はトイレに行っていた。
昼食はたべさしで置いてある。昼食抜きできたので味見したいと思うが、この場面で食べると何かいわれそうなのでふれないでおく。嫁が戻ってきた、表情は険しい。陣痛が来ていてかなり子宮が痛むらしい。でも、どうすることもできない。子宮口はすでに5センチ開いており、このままいくと夕方にも産まれそうだという。
その後、子宮口の状態を確認すると、7センチ開いていた。というわけで分娩室手前の待機室に移動になった。想像以上に早い子宮の開きぶりに驚く。部屋を移動した頃には陣痛が3分感覚ぐらいで発生している状態であっった。陣痛中は腰がいたいのでさするのがいいらしい。さすると痛みが和らぐそうだ。陣痛が来るたびに腰をさする動作をひたすら繰り返す。顔が熱いといわれればうちわで仰ぐという作業も繰り返す。14時頃には分娩室へ移動することになった。子宮口は9センチに開いているという。これは後少しで産まれるのかと思ったが、実際にはそうはならなかった。
分娩室に入ると、そこはまさにお産の現場であった。嫁は下半身すっぽんぽんで分娩台でまたを開いている。テレビの出産シーンで見たことあるようなシーンだ。
嫁は陣痛にあわせていきむように助産師から言われている。陣痛の感覚は2分~1分。1回の陣痛で3回~4回フルパワーでいきむという動作を延々と繰り返さないといけないそうだ。1回いきむのも嫁は全力なのでとても苦しそうだ。いきむ動作が終わるたびに嫁は脱力でぐったりしている。魂が抜けたような表情だ。でも休むのはゆるされず、また陣痛が来ると全力でいきむを繰り返す。なんとも過酷であった。休むことが許されないしごきの様な状態である。
お産には体力が必要といわれているのが死ぬほどよくわかった。休憩なしで延々と力むことができないと子供って産めないのだ。
2時間ぐらいで終わるかと思っていたが、ぜんぜん事態は進まず、2時間たってもまだ終わる気配がない。嫁が腰をさすれと言えば、腰をさすり、顔が暑いといえばうちわであおぐ動作を延々と繰り返した。陣痛の間隔が開いてきたので、陣痛促進剤を点滴し、お産を続行した。早く生まないと危険なので、とにかく陣痛を起こし続ける必要があるのだ。
陣痛促進剤を点滴した場面で左腕がふるえた。兵庫医大でのふるえ事件を思い出し、ぞっとした。このタイミングでふるえが止まらなくなったらどうすんだ?と最悪の事態を想像してしまう。しかし、ふるえはなんとかとまった。リラックスするように助産師さんが声をかけてくれたのだ。
陣痛促進剤を点滴しはじめると、陣痛が1分30秒間隔で訪れるようになった。1分半おきのいきみを引き続き繰り返し続ける。分娩室に入ってからの時間が長いので院長先生が様子を見に来た。「このまま産まれないと母子ともに危険なので長引くようであれば、どこかで強制的に赤ちゃんを引っ張り出すか帝王切開で取り出すことも考えないといけない」と言った。すると嫁は限界を越えるぐらいに疲れきっていたので「いますぐ帝王切開をお願いします」などとむちゃくちゃなことを言い出した。さすがに院長先生も「いまは早く生むほうがいいんだけどね・・」といって自然分娩継続をおすすめした。で、お産は継続された。気が付くと19時を回っていた。分娩室に入ると時間がたつのが早く感じられる。長時間たっているので疲労は感じているのだけれど。
陣痛促進剤が効いたのか、いきみ方のコツをつかんだのか、19時頃になると助産師さんから「そうそう、この調子」「いいよ」という良い反応が返ってくるようになる。いきんだときに、おなかがたぷんと大きく動いている様に感じた。コツをつかんできたのだろうか。
そうこうしているうちに院長先生や助産師?看護師?の数名の方々がスタンバりはじめた。院長先生はオペをするみたいな感じでオペ風味の照明をつけたり、手袋をはめたりしている。
かたや子供を吸引する機械の準備を始める人もいて、いよいよこれから産まれるらしいということが察知できた。
最後の産みのシーンは壮絶だった。
麻酔を打っているものの、先生がはさみで股間をじょきじょき切り裂いて、赤ちゃんを吸引する機械をつっこむ様子は衝撃であった。嫁もあまり声を出さないタイプなのだがこのときばかりは「いたい!いたい!」と悲痛な叫び声を挙げていた。
吸引2回目で赤ちゃんはスポッと産まれてきた。紫色で血まみれでどちらかというとグロテスクに感じた。すぐになきはじめる、元気な鳴き声にほっとした。嫁は泣いていた。僕もこっそり泣いていた。
「よくやった(アリガトウ)」