妊娠13週
今日は出生前検査について話し合った。
結論は子供の命を親の都合で奪うことはできない、中絶の判断につながるような検査も受けないという事におちついた。
嫁は子供が出来てから、つわりや検査を経験していく中で子供に対する愛情がとても強くなっていて、もし障害があったとしても中絶はとても考えられないし、出生前検査を受けることすら考えられないと言った。
妊娠する前は障害があった場合、自分には育て等れる自信が無いから、出生前検査は必ず受けようとしていたそうだが、180度考えが変わってしまった。
確率面では子供が遺伝子異常である可能性は低い。
低い確率についてああだこうだ思い悩むことはあまり精神衛生上よくない。
この際、子供を信じようと思う。
どんな子が産まれようと受け入れるのだ、そう決意すると急に心が晴れた気がする。
自分の理想を言うと、普通の健康な子供が生まれて欲しいと思っている。少し大きくなったら子供とキャッチボールをしたいと思っているし、大学にまでは進学させたいと思っている。自分には経験できなかったような事をどんどんやって、世界に貢献していくような人間になってくれたらなーなんて思っていた。
私は自分の理想のためには出来ることはやりつくしたいと思う性格だ。自分のやりたいことに重きをおくのであれば出生前検査を受ける決断をしたと思う。でも、出生前検査を受ける決断はできなかった。人間は必ずしも合理的な判断を出来るわけではないのだ。
なんで、合理的な判断ができなかったのかと言うと、嫁に「自分の夢を実現するために子供を利用しようとしている」と言われて目が覚めたからだ。
今のところ
自分のわがままの為に出生前検査を行って、陽性だったら中絶するのはエゴだという考えだ。
とはいえ、障害を持った子供を育てていくのは想像が付かないほどの苦労が伴うだろう。
きれいごとですまされないのはなんとなくわかっている。
この出生前検査の決断は本当に難しい。
答えは無いし、全ての子供を持とうとしている人に平等に訪れる苦悩である。
恐怖との戦いであり、「本当に子供を持つ覚悟があるのか?」と怖い人(例えばナマハゲ)に包丁つきつけられている、そんな気分である。答えは一つ、恐怖に打ち勝って、子供を受け入れること。もう引き返すことは出来ない。